酒場が店を開け、観光客目当てのジプシーの歌と踊り、フラメンコがはじまる時間である。フラメンコを生み出しだのはジプシーである。一五世紀のころ、スペイン南部のアンダルシア地方にやって来てここを安住の地としたジプシーは、アンダルシアの民謡と踊りに、彼らなりの味つけをし、新しいスタイルを生みだしていった。その夜、広場の一角でのフラメンコのショーは、街のナイトクラブで行われる演出効果満点の演出や振付によるものにはおよびもつかない、子どもから普段着の中年女性まで出演する、きわめてローカルカラーの濃い素朴なものだった。多少ぎこちなく床を踏み嶋らし、手拍子をくり返していたが、それがかえって、歌や踊りの雰囲気を楽しいものにして、ジプシーの悲哀や魂の叫びを伝えてくれているようであった。そしておせじにも上手とは言えないが、眉にしわを寄せ、声を震わせるさまは、スタイルこそ違え、ポルトガルのファドに通じるものがあったのである。ジプシー娘について、ファドはこう歌っている。「カルメンシータ」夢か幻かなお美しきジプシー娘その名はカルメンシータキャラバンで一番美しいでも心の冷たい女人はそう噂していた優しさと情を道に落としたとはつゆ知らず消えた砂粒を探し求めるかのように好運を探し求めたとある月明りの夜馬二頭のギャロップが聞こえて彼女は姿を消した麗しくもカルメンシータおのが素性を偽り美しき夢の陰に身を隠してしまったキャラバンの行き過ぎる時この悲しい歌だけが道に舞い上がる砂塵と交わるカルメンシータカルメソシータあれほど美しくさえなければいつまでもジプシー娘だっただろうに。