エルメス・ジャポンの健闘

2011.06.06

戦後日本では、経済の動向に大きく影響を受けながら多数の海外ブランドが登場し、女性たちのライフスタイルとメンタリティに大きく関わりながら、特徴をもつ「ブーム」が繰り返されてきた。この半世紀は海外ブランドにとって試行錯誤の連続であったが、エルメスは日本に登場した後20年間の停滞を経て、1983年の日本法人設立後は2003年現在まで安定して連続増収を続けている。淡々と品質とイメージを守り、バブル期にも業績が急増することもなければ、不況期に減収するどころか絶好調となり、今度は意図的に販売を抑制する。今後、業績が低減したとしても、意図的な抑制策の結果として判断されるだろ。エルメス本社には、長い歴史のなかで、存亡にかかわる危機を経験しながら淘汰を経てきた伝統と、長期的展望に根ざした戦略がある。本社の経営方針を日本に密着した形で展開しているのが、日本法人であるエルメス・ジャポンだ。日本登場後のエルメスの原点となる「品質」「イメージ」「希少性」は、いかにして守られてきたのだろうか。まず「品質」に関しては、日本で販売される製品についてもすべて本社が管理している。とくにライセンス天国と見倣された日本で、ライセンス生産を行わなかったことは出色であり、現在の圧倒的なブランドイメージを支えている。不況を経て勝ち残った「スーパーブランド」とされるルイ・ヴィトン、シャネルも同様である。「イメージ」も厳重に保持された。停滞期においても、値下げや一般を対象にしたセールはもちろん、普及品の販売も行なっていない。直営店の立地や内装、品揃えなども徹底して重視している。近年でこそ、各ブランドが店舗へのこだわりを見せているが、日本進出当初からの試みは、他社とは大きく異なるところである。加藤前社長は「ちょっとブランドのにおいをかがせればいいというような手抜きのディスプレイは許されない」と語り、パリの雰囲気を再現する店舗へのこだわりを強調してやまない(「日経産業新聞」1990年2月16日)。